メモ 2020年1月28日 幕張メッセ

最後の弾き語りみたいな顔と感情と歌声が聴きたかったんだな。


最初の曲で、第一声、やっぱり音外してるなあ 変わらないなあと思った。緊張してる?

モニターにアップになって、途中までは大きな感情を自分の中に感じなかったけど、噓みたいに上向きにカールしたまつげとか、ピアスホールとか、ほくろの位置とか、鼻の頭のしるしみたいな傷あととか、そういうものが何も変わっていないと気づいた瞬間に、ムカついて、泣いた。自分でも少し驚くくらいぼろぼろ涙が出た。ムカついた。何にムカついたんだろう。はっきりとは分からないけど、とにかくムカつくなぁと思った。本当に変わってない。変わってないことにムカついたのかな。見た目とかそんなことばっかりにまず気が付く自分にもムカついた。


すばるくんのどこが好きだったのか、すばるくんのどこに価値を感じていたのかをよく思い返してみる。

「心の底から」ってところが好きだ。そして、関ジャニ∞渋谷すばるがとして、ど真ん中のメジャーにいる中での「カウンター」ってところ、エイトとなら全員ぶっ倒せる、みたいな気合い・そのメンバー同士の関係性に対する「グッとくる」感じが好きだ。


アンコール最後の曲みたいな、「本当」を体現する、「心の底から」の感情が見える、そういう瞬間のすばるくんが好きだ。静まり返ったフロアが好きだ。静寂が止んで弾けるように歓声と大きな拍手を送る瞬間が好きだ。


わたしは明確に「こんなすばるくんが見たい」「すばるくんのこんなところが好きだ」という気持ちがあることが、よく分かった。そして、「わたしの好きなすばるくん」を叶えるためには、おそらく関ジャニ∞渋谷すばるであることが、とても大きな部分を占めていた。今さらそんなこと認めないといけなくなった。


何も変わらないんなら、エイトでいたままソロでも歌ってくれればよかったのにな。「そういうことじゃない」のは、よく分かっている。だって、すばるくんのことあれだけ見ていたから。それでもそんな考えが真っ先に浮かぶんだな、わたしは。

 

わたしの見たいすばるくんを押し付けてごめん。少しだけ離れたところから、だけど心から応援するね。大好きなひとだって気持ちは、重なるものが何層にふえても、たしかに心にあります。